共育者に聴く

「21世紀共育ラボ」では、

共に育つということを実践されている方を「共育者」と呼び、

その実践内容をインタビューさせていただくことにしています。

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宮崎ますみさんインタビューvol.2

September 10, 2019

 

今回も宮崎ますみさんにお願いしています。

宮崎ますみさんは20代に芸能界でご活躍された後、結婚を機に1995年ロサンゼルスに転居、そこで出産も経験されました。次男の照土(あきと)さんには発達しょうがいがあります(自閉症、ADHD、LDと診断)。ますみさんは照土さんが小学2年生の時に帰国され、乳がん、離婚を経験。ヒプノセラピストとしてのお仕事のかたわら、2人の息子さんを育てて来られました。今回のインタビューでは宮崎さんが照土さんにお母さんとしてどのように寄り添って来られたかを語っていただきました。

 

 

宮崎ますみ(みやざきますみ)

ヒプノセラピスト養成インストラクター。

日本ヒプノセラピーアカデミーイシス代表、

日本ヒプノ赤ちゃん協会代表。

ヒプノウーマンSalon『聖母の祈り』主宰。

http://salon.hypnowoman.jp/

 

 

 

 

種はある。だから信頼して待つ。

 

 

—— ますみさんがベランダで瞑想中に、これからママのお腹に入ろうという照土(あきと)さんの魂がフワフワと遊びながらやって来た時から18年間、ますみさんと照土さんには色々なことがあったのだろうと思うのですけれども。

 

宮崎:そうねえ。アメリカに小学校1年、2年の途中までいたのですが、ロサンゼルスから引っ越した先のハワイの学校は発達しょうがいを持っている子に対して、ロスよりちょっと遅れてるんですね。そうは言っても日本よりは全然進んでるんですが。当時まだ診断は受けていなかったんですがスクールのカウンセラーの判断で、クラスの中に一人サポートの先生が入ってくれて、時々クラスから出て同じような特徴を持つ子どもたちと一緒に別の教室で学んだり、遠足に出かけたり、親同士が交流したりしました。みんなで互いに支え合う形ですね。

 

—— 彼のペースややり方に合わせた授業があるということですね。

 

宮崎:日本の特別支援学級は普通クラスからただ隔離させるだけですよね。ハワイの小学校ではみんなと一緒にクラスで学ぶんだけれども、サポート役の先生が一人入ってくださることで適切な学習指導を受けられました。そういったサポートを受けるまで、照土は小学1年に上がって毎日泣いて帰って来てたんです。単語しか並べられなくて文章になってないんだけれどその単語を拾うと要するに、僕は悪い子なんだって。先生が怒る。僕が悪い子だから怒ると一生懸命単語を並べて訴えるんです。彼はいつもポーっと夢の中にいます。でもそれでいいんですよ、子どもは。小学校の1年2年はまだ空想の世界に遊んでていいはずの時なんだけれども、学校のルールはそうではないじゃないですか。要するに先生は、ポーっとしている照土の目の前でパンパンって大きく手を叩いて「Focus!!」てすごい剣幕で怒る(苦笑)。「Focus!! Akito!!」。で、うわー怖い~! ってね。子どもって自分の主観でその子なりに取り込んじゃうでしょ? 僕が悪い子だから先生は怒るんだ、僕は悪い子悪い子ってなっちゃう。で、「照土は悪い子じゃない!!」と、夫と二人で学校に文句言いに行きました。そしたら「いや、この子はちょっとやっぱり遅れを感じる」って。じゃあ適切なサポートを入れようって話になったのでした。

 

—— その段階で初めて。

 

宮崎:そうですね。それでサポートを受けるんだけど、その恐怖体験はもう、照土の潜在意識に埋め込まれた記憶として残ってますね。で、小学校2年生で日本に来てシュタイナー学校に入ることにしましたが、英語も全然喋れないし日本語だってわからない。動物みたいな子でした(笑)。動き回ることはしないんだけど常にぐでぐでぐでぐでしたりだとか、ポーっとしてる。発達しょうがいの子の特徴が見られるので、ちゃんと診断受けようと思って、日本に来て初めて調べたのです。

 

—— 診断結果が出たのですね。

 

宮崎: そうです。そしたらやっぱりとても色濃く自閉症とADHDとLDということでした。今は普通に見えるけど。

 

—— それは、お母さんの心に秘めてご本人には伝えなかったのですね。

 

宮崎: 言ったところでわからないし、言う必要も感じなかった。でも、ご縁ですね、引っ越した家の最寄り駅に発達支援サポートの学習センターがあったんですよ。学校が終わってから週に2回そこに通いました。あいうえおから始めて、中学入ってもまだ小学校低学年の国語をやってましたね。もうのんびり。算数もやりました。

あとはコミュニケーションとか。その道のプロフェッショナルにサポートしてもらう、それ大事だと思うんですね。

診断を受けるかどうかでお母様とかお父様、悩んで受診を遅らせてしまうことがあるんですよね。グレーだから大丈夫とか。しょうがいというレッテルを貼られる恐れというか、自分自身の羞恥心ですよね。周りからの批判だとか、恥ずかしいみたいなね。

 

—— ますみさんはそういうのなかったですか?

 

 

宮崎: …なかったですね(笑)。羞恥心持ってたら芸能人やってられなかった。

 

—— ますみさんは照土さんのしょうがいの診断を受けて、どんなお気持ちでしたか?

 

宮崎:ほっとしたんです。その子がどういう特徴を持っているのかを本格的に調べられるし、要するにこの子の取扱説明書ができたわけですよ。

 

—— 何をサポートすればいいかっていうことも見えてくるということですね。

 

宮崎: 何だかわからなくてどうサポートすればいいのか。どう表現すれば彼はキャッチできるのか。彼から見た目線で世界はどう見えているのか。どんなコミュニケーションになってるのか、曲解して入れちゃってるのかだとか、いろんなことがわかったから、次にどうしようかと対策できたわけです。心配だとか不安だとか悶々と抱えて自分が否定してたら、その悶々をどうにかしようと子どもを責めたり、何とかできるようにさせようだとか、それこそその子の本質から逸れるようなことばっかり刺激してしまって、二次しょうがい、三次しょうがいみたいなことにもなっていっちゃう。

 

—— なるほど…。

 

宮崎:種はあるんです。素晴らしいものは持って生まれて来ているので、そこを信頼してね。できないことを責めるんじゃなくて、そこはサポートしながら、待つ。待つ、待つ、待つ。

 

—— 信頼してそして待つ。

 

宮崎:そうですね、信頼すること。あと大事なのは 「可愛い、可愛い」(笑)。愛ですよ、愛。一番欲しいのは、ハグと大好き、愛してるって言葉ですから。

 

—— さっきおっしゃっていた最寄り駅にあった支援センターでのお勉強はずっと続けてらしたんですか。

 

宮崎:ずっと、高校を出るまでやってました。必要でした。高校に入ってもまだまだフワフワでしたから。その支援センターに通ってね、夕方彼がお勉強してる時間、私は近くでお買い物して、スーパーの手提げ袋を持ってお迎えに行って一緒に帰るんです。

ある時、私が手提げ袋を持って歩いていたら、単語並べてですけども、ちびの彼が要するに〔この袋僕が持ってあげる!〕て言ったんですね。その時私、はー、神様!って。もうほんとに優しいんです。誰に教わったわけでもないのに自ら人を助けたいっていう想いを持ってる。こんな優しい子になぜこんなしょうがいというハンディを与えたんですかって思いがわっと出て来たんです。ずっとこのままいくんじゃないかという不安をみんな抱えるんですね。単語も全く出て来なくて喋らない動物のような子どもが、将来どうやって生きていけるんだろう。どうやって食べていけるんだろう。いつまでも私たちはケアできない。どうするんだろうって、やっぱり不安がブワーって出て来たんですよ、私もね。で、「神様、なぜこんなハンディを与えたんですかー」って、ちょっと被害者意識じゃないけどやっぱりあったわけです。

「この子将来、何ができるんだろう?」と心の中で思ったその瞬間に、照土が、「僕、なんだってできるよ」ってドンと言ったんですね。ええ?って。ええっ!心読んだ!みたいな(笑)。

 

—— それはびっくりですね。

 

宮崎:はい、私が思ったことに対して僕はなんだってできるってことを言ったわけです。この瞬間を絶対一生忘れないと思いました。本人が、なんだってできるって言っているのに、将来を心配する私の想念が彼の人生を操作することってあるでしょう、要するに意識がね。特に子どもに対しては親の意識がすごく影響しますからね。余計なエネルギーをくっつけちゃまずいと思ったわけ。本人ができると言ってるのに、できない未来を私がイメージして心配してた。あーもうこれ一生忘れない、絶対もう二度としまいと思った。

 それから、高校に上がったあたりで、もうティーンエイージャーですよね。その支援センターの帰りに、たまたま一緒にインド料理屋に入ったんですね。そこで喋ってて、先生と進路の話とか色々出て、初めて彼も彼なりに自分を感じ始めてる。で「僕は、何ができるんだろう。」って彼が突然将来に対する不安を口に出したんです。あ、来た!と思って「あーくん、なんだってできるよ!」彼が昔、私に言った言葉を言いました。「あーくんはなんだってできるよ!」

そしたら「マミー、子どもをだますようなことを言っちゃいけない」みたいなことを言ったんです。

「えー!?あーくんがちっちゃい時に言ったんだよ。忘れちゃったの?」って。

「あなたはなんだってできる」。自分が本当に望むところをしっかりやって、逸らすんじゃない、という話をしてね。そしたら簡単なんですよ。暗示が入りやすいので。

「そっかあ。」って (笑)。私の子育ては、暗示療法家ですので(笑) 親が子どもに発する言葉は、その子を生かしもするし潰しもします。全部暗示になるんです。

でもやっぱりそうは言ってもクラスメイトとのコミュニケーションが難しいことも自分で自覚しているわけですね。自分はちょっとおかしい。普通じゃないな。みんなの態度がちょっと違う。だからやっぱり外に出れば、自分と外の世界との違和感を感じるんですよ。でもそれを言語化できるまでには至ってない。そこでその雰囲気を持って家に帰って来た時には「何があったの?」と、そのことをたどたどしい単語を並べて語らせて、その都度落ちた気分を持ち上げて自尊心を守ろうとしたわけです、私は。彼らは自分をすぐ否定してしまう。自分がだめ、自分はできないと。

 

—— 自己否定しやすいのはなぜでしょう。

 

宮崎:素直だから。あとは曲解しちゃうんですね。普通だったらわかるであろうことを、「え、そう感じちゃったの?」っていうこともいっぱい彼らはあるわけです。冗談も通じないし、空気も読み取れない。だからそのまま間違って取り入れちゃって。例えば「馬鹿かお前は」なんて言われたら、「あ、自分バカなんだ」と素直なわけなんです。そういったものを細かく聞き出して、気持ちを上げてっていうことを続けてきました。ネガティブな暗示をポジティブに書き換える作業の連続です。そうやって自尊心を徹底してキープしてきました。

 

—— 日々子どもを観察するお母さんの目っていうのが大事ですね。

 

宮崎:まあでも私、母子家庭で忙しくてね。実際にあんまり観察してませんでしたけどね(笑)。あんまり神経質じゃなかった。あと、彼のことも運んでいるであろうハイヤースピリットっていうか御心を信頼してました。

 

(インタビュアー・長岡 純)

 

 

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